2026年、節分👹

「鬼は〜外、福は〜内」

掛け声とともに豆をまいて家から邪気を追い出し、幸せがやってくることを願う日本の伝統行事「節分」。鬼のお面をかぶって豆まきをする日、恵方巻きを食べてその年の幸運を願う日など、さまざまなイメージがある節分ですが、その起源やいつから始まった習慣なのかをご存知でしょうか?

節分


節分で使われる鬼のお面と炒り豆

現代の私たちにとって2月の行事として馴染み深い「節分」。しかし、本来の「節分」の意味を考えると、「節分」は年に4回あるのです。

節分とは本来、季節の節目である「立春」「立夏」「立秋」「立冬」の前日のこと。漢字の通り「季節の分かれ目」「季節の変わり目」のことを指します。

その中でも旧暦の1年の始まりである春の節分(立春の前日)が重要視され、だんだんと節分=春の節分という認識が広まっていったのだとか。現代では、豆まきや柊鰯(ひいらぎいわし)で邪気を追い払ったり、恵方巻きや節分そばを食べて福を呼び込む伝統行事として浸透しています。

節分の由来

追儺


兵庫県神戸市の長田神社で行われる長田神社古式追儺式

節分の行事といえば鬼退治(鬼やらい)ですが、これは大晦日に宮中行事として行われていた「追儺(ついな)」が元になっています。追儺という行事はもともと中国で行われていた行事が日本に伝わったもの。

中国では追儺のことを「儺(ヌオ)」と呼んでおり、これは「邪神や疫病を追い払い、福を招き入れる祭り」のことで、古代中国において最も頻繁に行われていた祭りです。

庶民による行事であった儺の他に、朝廷や諸侯によって行われていた「大儺(たいな)」があり、これが日本に伝わって「追儺」として宮廷の年中行事に取り入れられるようになったそう。追儺では、宮廷の役人たちが「方相氏(ほうそうし)」と呼ばれる厄払い役とその手下に扮し、大きな掛け声とともに宮廷内を駆け回りました。

このとき、宮廷内の貴族たちが弓を放ったり、振り太鼓を振って、鬼を追い払う方相氏を応援したんだとか。これが現在の「豆をまいて鬼を追い払う」節分の儀式になったといわれています。


長い歴史がある日本の伝統行事「節分」

日本の伝統行事として多くの人たちに親しまれている「節分」。古くから続く節分の歴史や大切に受け継がれてきた豆まきの習慣に想いを馳せながら2月3日を迎えてみてはいかがでしょうか。